2018年7月26日木曜日


 娘の住むアメリカへ2週間ほど行って来た。場所はシアトル近くの町。今までも何回かは行ってはいたが、娘がアメリカで隣の町へ引っ越しをした。その家を見たかったのと、孫が夏休みで時間があることなどでの訪問となった。孫は二人いるが、上の娘が幼稚園を終え夏休み明けには小学1年生になるというタイミングだ。連れ合いは腰痛と暑さを理由に留守番。
 行く時期が決まって飛行機の予約をしようと思ったら、高い。今まで10万円前後で飛べたのが35万円だという。いろいろ調べたら、タイペイ経由が安いことがわかった。台湾の航空会社らしい。成田乗り換えよりも、千歳で荷物を預けられるので楽でもある。
 千歳の国際ターミナルでまず驚かされた。日本語が見あたらない。航空会社の表示から案内所の表示まで、まずアルファベット、中文、ハングルである。中文は漢字だが簡体字が使われている。後は絵文字だ。案内所の人の使う日本語もなまっていた。
 飛行機に乗ろうとしてまた驚いた、機体がサンリオキャラクターにペイントされている。乗り込んだらシートカバーにキティちゃんがいた。機内食のカトラリーがピンクで、ここにもキティちゃん他。箸もあったので、使わずに手荷物の中へ入れた。写真は機内で出たおつまみ。
 孫との2週間はあっという間だったが1歳半の孫の成長も驚き。裏庭へ出る引き戸も満足に開けられなかった子が、大好きなブルーベリーのところへ行きたさに開けられるようになった。しかも自分で靴を履いてゆく。ついには追いかけてゆく私の目の前で締め、嬉しそうに笑うのであった。
 後半の土日には、コロンビア川からレーニヤ山へと1泊2日のドライブ旅行。レーニヤ山にはハイキングコースにもまだ雪が残っていた。途中野生の馬がいる地区を通ったが、本当に車の中から見ることができた。10頭ぐらいの群をいくつも見た。
 娘のおかげで、シアトル周辺にはずいぶん詳しくなった。だがアメリカはまだまだ広い。そのアメリカがなぜ銃を持ってよその国へ行くのか、そんなことも考えてしまうこの頃だ。
 帰るとなると孫娘が泣くのは想定内だったが、行く前には若い人妻に「2週間もですか、寂しい」と言われ、帰りの機内では乗務員嬢に「シアトルへの1人旅ですか、格好いいですね」と声をかけられ、鼻の下が弛んだまま千歳に着いた。家に帰るまでには締め直しておかねば。

2018年6月8日金曜日

一木の木

さらに紆余曲折がありいくらかずつ日常が戻ってきた。
久しぶりに薪割りなどもした。

家を建てるために、2年前に切り倒した木を引きだしてきた。
根も枝葉も落として丸太状にして置いた木だ。

写真の通り、生きている。
柳の木だ。

アイヌの人たちが神聖視して、イナウとして祭礼などに使うと聞いたことがある。
その理由がわかった気がした。

嘗て染織家村上道太郎先生に「草木で衣服を染めるということはその草木の命を染めるということだ」と教えていただいた。
この冬も、これらの木の命を頂き家を暖めさせていただく。

2018年4月12日木曜日

水芭蕉

 多くのことがあって、この日記もしばらく書くことができなかった。
その間に結構な雪が降り、そして溶けた。

我が家と道路の間には小さな水の流れがある。
そこに水芭蕉が咲いた。

北海道では珍しくもない花かもしれないが、湘南地方出身者としては感激する。
「春が来れば思い出す」と小学校の頃から歌わさせられてきたのだ。

思いリュックを背負い、野の小道をゆかねばみられぬ花なのだ。
それが家の窓から見下ろせる。

写真は余分なものまで写り込んで、見事とはいいかねる。
「我がものと思えばかわいいその他諸々」というところか。

2018年1月14日日曜日

鹿の角笛

隣町で鹿角のアクセサリー作りと鹿肉の試食会があった。
試食会の魅力に釣られて参加してきました。

最初はアクセサリー作り。
基本的には金工用のノコギリと、木工用のヤスリで作る。

穴開も普通の電動ドリルでOK。
ノコギリの手応えなどは、木よりは少し粘りけを感じた。

右のような先端は作りやすいが、一本で4つくらいしか獲れない。
途中の幹の部分も使ってくださいと講師の方のご注意。

ごめんなさい。
ムダ使いしてしまいました。

下のは笛に作ってみました。
切り込みを入れたところに、8ミリの穴を開けてもらいました。

帰ってきて手持ちの丸棒を差し込んだところぴったりでした。
少しかすれたピーという音がします。

鹿が聞いたら逃げ出すでしょうけど。
予想していたより簡単で。楽しい加工でした。

試食もロースト、シチュウ、ジャーキィと十分な昼ご飯になりました。
これでビールがあったら、隣町に居着いてしまうところでした。

2018年1月4日木曜日

馬齢70

皆様あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

実は私2月生です。
69才になります。

朋友は続々70の大台になるわけです。
いわゆる「古希」という話が聞こえてきます。
ただ、少々気になり調べてみました。

何がというと米寿、傘寿、白寿というのは漢字を分解しての祝い事です。
その時のその地方の年の数え方で数えればいいと思うのです。

「古希」というのは少々違います。
ウィキペディアにもこう在るごとく【の詩人杜甫の詩・曲江(きょっこう)「酒債は尋常行く処に有り 人生七十古来稀なり」(酒代のつけは私が普通行く所には、どこにでもある。(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)に由来する】のです。

そこで唐の時代の年齢の数え方と今の日本の年齢の数え方が同じであろうかというのが気になりました。
私の親は年を数えるのに「数え年で幾つ、満年齢で幾つ」ということを言っていたのを覚えています。
1~2才違うのです。

調べると、唐の時代の中国でも「数え」で年齢を数えていました。
「数え」では生まれたときが1才です。

その後正月を迎えるたびに一つずつ年齢を重ねてゆきます。
つまり私はこの正月に杜甫いうところの古希に当たるわけです。

もちろん「90歳 何がめでたい」という方もいらっしゃる現代の日本のことですから、70歳は希でも誉れでもなくなりました。
まして浦河に好んで住むくらいですから、馬齢を重ねてきたといえます。

 コキコキと 肩が鳴るなる 斧始め   東行
                  よき
 

2017年12月30日土曜日

北の町では

私の住んでいる地方では「もちまき」がお祭りなどで頻繁に行われる。今日はなんと「毛ガニまき」だった。冷凍してある毛ガニとカレイを保温材で包んだ物を撒いた。近くの町の漁業組合の催しだ。
どういう告知をしたのかわからないが、集まった人は30人ほど。一つずつがそれなりの重さなので「発泡スチロールの箱で受け止めてください」と参加者に渡された。
奪い合うという状況ではなく、子どもも含めて写真のような状況。
北の大地も実り豊かだが、北の海も豊かだ。「何もない春です」どころではない。
ただし、終了後「発泡スチロールの箱は返してください」といわれた。

2017年11月29日水曜日

強羅Ⅱ

強羅には「箱根美術館」というのがある。
ここの庭園と縄文土器が気に入っている。

今回の宿から歩いて10分ほどもしない距離だ。
3回目になるだろうか、行って来た。

この時期に来たのは初めてで、紅葉と苔の緑がきれいだった。
残念ながら私の腕では、人が入らないように撮るだけで精一杯。

縄文土器は他でも見ることがある。
だがここのは一際大きい。

高さ50㎝近くある火炎土器だ。
1万年前の人々の生活を思いめぐらすと興味は尽きない。


何を煮て、誰と食べたのか。
家族の食事か、部族の集まりか。

あるいは年老いたシャーマンが呪詛でもしたか。
人類が他の生物と別れ始めた頃の記念品だ。

現実に戻って宿への帰り道、桜の花が咲いていた。
こちらもなにやら怪しげな丸い鉄のモニュメントの傍らに植えられていた。

狂い咲きではなく、今頃に咲く桜らしい。
生物多様性の見本か。

ともあれ、秋の強羅を楽しみ北海道へ帰ってきた。
こちらは雪模様の寒風。

その中で薪の蓄えをする。
楽しみは窓近くに来る鳥の姿だ。