2019年1月29日火曜日

台湾Ⅱ

 私たちが泊まった宿は格安ではなく、極安だったらしい。
もう少し安い宿もあったのだけれど、市内から遠い。

台北市内で交通の便がよく、なおかつ安いところ・・・
そういうホテルを予約した。

予約の書類に書かれてある地番を頼りに行ったがホテルのホの字もない。
幅1メートルほどの階段が商店の間に開いている。

ここっきゃないと思い定めて上っていったが、4階で行き止まりの扉。
おそるおそる開けると廊下の向こうにA室
B室C室の表示。

他にはトイレとシャワーの部屋が二つ。
ここで3年前に行ったニュージィランドのバックパッカー向けホテルの記憶が戻る。

だがあの時は入り口にカウンターがあって人が居た。
仕方がないので3階へ戻る。
この階には何の表示もない扉が一つ。

その扉をノックすると女の人が出てきた。
書類を見せると「Welcome」。

で待っていた連れ合いとスーツケース二つを持って4階へ。
案内された部屋には2段ベッドと事務机が二つ。

ここを拠点に一週間の台北観光をしてきた。

周囲には安くておいしい食べ物屋がたく
さんあって、結局私たちらしい旅になった

2枚目の写真は街灯にとまる雀。
人々と同じくフレンドリーだった。

市内観光の脚はほとんど地下鉄。
とはいえ、郊外では地上へ出て、普通の電車。

駅舎が面白かったので写真に撮った。
これは淡水駅。

次のクリスマスツリーもどきと高い門は新北投駅のモニュメント。
門はパリの凱旋門のごとく、ただのモニュメント。

次の写真は電車内のテーブル。
真ん中にディスプレイが仕込んである。

ふた昔前の○○ベーダーゲームのような感がある。
これは観光案内。

スイッチを押すとホテルや名所を表示してくれる。
新北投駅~北投駅間だけらしい。

最後の写真は、最後の1泊だけ泊まった桃園空港近くのホテル。
それまでのホテルの倍額。

バスタブも、もちろん付いていた。
帰りの便が早朝なのでした贅沢。

久しぶりにのびのび寝て、帰ってきた。
普通の人は全部こういうホテルに泊まるのだろうけれど。








2019年1月7日月曜日

台湾Ⅰ

謹賀新年
新年のご挨拶、遅くなって申し訳ありません。

年末から台湾へいっていました。
夏には乗り継ぎで台湾桃園飛行場を掠めはしましたが。

本格台湾は初めてです。
とりあえず故宮博物院は見たいなと思っていました。

いきなりドンと大型鼎。
「鼎の軽重を問う」の鼎ですよ。

本来お鍋で、儀式に使われるようになった。
それが
権威の象徴になったということらしいのです。

鼎談、鼎立とかいう言葉もあるので、脚は3本と思っていました。
4本脚も物も普通にあるようです。

博物館が、収蔵品の目玉としているのがこちら。
「肉形石」。

石を豚の角煮そっくりに作った物。
醤油のテカリとか、断面の細かい凹凸がリアル。


だがこちらは思ったより小さかった。
宝石としては十分大きいが。

もう一つの目玉「翠玉白菜」は台南の方に作られた分館?に行っているとのこと。
残念。

私が一番気に入った壺がこちら。
高さ60㎝くらいの物で緑がきれいでした。

翌日からは「市場」巡り。
「○○市場」というのが市内各所にあり、にぎわっている。

屋台やアーケードなどの形で、小さな店が建て込んでいる。
ほとんどが食べ物屋。

○○飯、□□麺、△△湯などなど。
30台湾ドルから50台湾ドルくらい。

日本円にして100円から200円ほど。
小食の私たちは麺と菜を一つずつとって、二人で分けてちょうどいいくらい。

味付けはあっさりしていて、少々シャン菜が入っている根程度。
脂っこくもない。

大いに気に入った。
食材の店も多く、連れ合いは鴨の頭や爪が売られているのを見て興奮していた。

豚の脚も蹄まで売られていた。
怪しいのは「日式○○」「北海道小豆」「ひだか昆布」など。

噂の「小籠包」はあまり見なかった。
きっと私たちがガイドブックからはみ出した旅をしていたからだろう。

はみだし旅はまだ続く。
請再来。


2018年12月22日土曜日

プレゼント

今日は冬至。
「今年は12月の割には雪が多いね」などと話をしていた。

それもここ数日の天気で、今日の外気温4度だった。
当然雪も溶け出す。

雪の溶けた我が家の庭には早くも春の使者が。
フキノトウが芽を出していた。

カムイからのプレゼントとして受け取ることにした。
実はこの写真、新しいカメラの試し撮り。

今時のカメラは自撮りもする。
もちろんアルファベットは反転している。

某有名電気メーカーの高倍率カメラだ。
このメーカー、カメラ後発なのでライカブランドを借りた。

これは、そうではない。
正直でよろしい。

今やライカがこのメーカーのボディを借りている。
赤いバッチを付けてライカ値段で売っている。

私の買ったカメラの話に戻ろう。
一眼レフは選択肢になかったが、高画質コンパクトなどと選択に迷った。

だが大判の引き延ばしなどしない私には高倍率の方がありがたい。
1200㎜の望遠カメラになる。

他のメーカーには、もっと高倍率のカメラもある。
だが、それらは広角側が24㎜なのだ。

風景写真も撮りたい私には一寸不満。
このカメラは広角20㎜だ。


それが3枚目の写真。
次は50㎜、標準レンズといわれて人間の
目で見た感じと同じに撮れる。

次のが1200㎜。
ここまでは光学対応。

次のは電子処理して2400㎜まで引き寄せられる。
もちろん少し画像は悪くなるのだが、PCの画面で見ている分には十分だ。

ここまで来ると、解説書などでは「こういうレンズで何を撮るのだ」という疑問を呈される。
私は鳥を撮りたい!

1200㎜といえば望遠鏡でもこの値段では買えない。
カメラと望遠鏡、これは70才になる自分へのプレゼント。

2018年9月7日金曜日

地震以後

ネットが戻り、これで一応元の暮らしになりそうです。
ご心配いただいた方々、ありがとうございます。
自分の心覚えとして、前後のことを書いておこうと思います。
5日、眠りについて日付が代わり午前の3時過ぎのことになります。
夜中に目が覚めたら、地震でした。
私は何事に付け、敏感な体質ではないと思っています。
ですが、夜の地震はたいてい起きます。
それも本震になる前に。
この日も夜中に目が覚めて???と思っていたら揺れ出しました。
それでも、大したこと無いかとそのまま寝てしまった私でした。
その後しばらくして、地震で目覚めなかった連れ合いが「トイレに行こうとしたら電気がつかない」と騒ぎ出しました。
懐中電灯をつけ、先ほど地震があったことを話してまた寝てしまいました。
後で調べたら、木彫りの人形が落ちていました。
家の中はその程度だったのですが、北海道中心部がダウンしたようです。
電気が止まったままでした。
タブレトでテザリングしながらノートPCで情報収集しました。
これは長くなるかもしれないと思い、午後からドコモショップで携帯の充電をしていないかと出かけました。
信号機が止まっている町中を走り、ショップへ行ってみるとシャッターが降りていました。
近くに町役場の支所があったので、テレビで情報収集をしている職員に充電できる所はないか聞いてみました。
道の森林室でしているということを教えてもらいました。
行ってみるとテントの中で20人ほどがコンセントを使っていました。
携帯とタブレットを繋ぎ無事充電。
テレビも点いていましたが、口コミも流れていました。
テレビでは「電気は1週間ぐらいだめかも」という話を流していました。
口コミの方では「水道も止まるかもしれない」と言う話題がありました。
我が家では昨日入ったお風呂が流して無く、備蓄飲料水も少しはあって1日2日は大丈夫とは思いましたが帰ってから鍋に汲み置きもしました。
庭にある太陽光で光るランプを家に持ち込み、早々に夕食と酒盛り。
そこに自治会の班長さんが町のお知らせを持ってきてくれました。
「今水が出ている所が止まることはまず無い」とのお話で一安心。
する事もないので、これも早々にベッドイン。
これもまたまた夜中に起きた連れ合いは「電気が点いてる」とひと騒ぎ。
「よかったね」と返事だけして寝てしまう私。
連れ合いはその後PCをいくらか使ったようだった。
翌朝、昨日の夜中は繋がったネットが繋がらないとまたひと騒ぎ。
今日は開いているドコモショップに尋ねたら、光回線の大元がダウンして何時になったら回復するか解らないと言う話。
それも昼過ぎには回復した。
これで我が家のインフラは元通り。
郵便物も届いた。
だが同じ町内でもまだ水が出ない、電気が点かないというところもある。
我が家は恵まれている。
その幸せをかみしめながら、お風呂に入りビールを飲ませていただいた。
と書いたとたんに「来週のゴミ収集は可燃物のみ」という情報が入ってきた。
もう一本ビールが飲みたくなってきた。

2018年7月26日木曜日


 娘の住むアメリカへ2週間ほど行って来た。場所はシアトル近くの町。今までも何回かは行ってはいたが、娘がアメリカで隣の町へ引っ越しをした。その家を見たかったのと、孫が夏休みで時間があることなどでの訪問となった。孫は二人いるが、上の娘が幼稚園を終え夏休み明けには小学1年生になるというタイミングだ。連れ合いは腰痛と暑さを理由に留守番。
 行く時期が決まって飛行機の予約をしようと思ったら、高い。今まで10万円前後で飛べたのが35万円だという。いろいろ調べたら、タイペイ経由が安いことがわかった。台湾の航空会社らしい。成田乗り換えよりも、千歳で荷物を預けられるので楽でもある。
 千歳の国際ターミナルでまず驚かされた。日本語が見あたらない。航空会社の表示から案内所の表示まで、まずアルファベット、中文、ハングルである。中文は漢字だが簡体字が使われている。後は絵文字だ。案内所の人の使う日本語もなまっていた。
 飛行機に乗ろうとしてまた驚いた、機体がサンリオキャラクターにペイントされている。乗り込んだらシートカバーにキティちゃんがいた。機内食のカトラリーがピンクで、ここにもキティちゃん他。箸もあったので、使わずに手荷物の中へ入れた。写真は機内で出たおつまみ。
 孫との2週間はあっという間だったが1歳半の孫の成長も驚き。裏庭へ出る引き戸も満足に開けられなかった子が、大好きなブルーベリーのところへ行きたさに開けられるようになった。しかも自分で靴を履いてゆく。ついには追いかけてゆく私の目の前で締め、嬉しそうに笑うのであった。
 後半の土日には、コロンビア川からレーニヤ山へと1泊2日のドライブ旅行。レーニヤ山にはハイキングコースにもまだ雪が残っていた。途中野生の馬がいる地区を通ったが、本当に車の中から見ることができた。10頭ぐらいの群をいくつも見た。
 娘のおかげで、シアトル周辺にはずいぶん詳しくなった。だがアメリカはまだまだ広い。そのアメリカがなぜ銃を持ってよその国へ行くのか、そんなことも考えてしまうこの頃だ。
 帰るとなると孫娘が泣くのは想定内だったが、行く前には若い人妻に「2週間もですか、寂しい」と言われ、帰りの機内では乗務員嬢に「シアトルへの1人旅ですか、格好いいですね」と声をかけられ、鼻の下が弛んだまま千歳に着いた。家に帰るまでには締め直しておかねば。

2018年6月8日金曜日

一木の木

さらに紆余曲折がありいくらかずつ日常が戻ってきた。
久しぶりに薪割りなどもした。

家を建てるために、2年前に切り倒した木を引きだしてきた。
根も枝葉も落として丸太状にして置いた木だ。

写真の通り、生きている。
柳の木だ。

アイヌの人たちが神聖視して、イナウとして祭礼などに使うと聞いたことがある。
その理由がわかった気がした。

嘗て染織家村上道太郎先生に「草木で衣服を染めるということはその草木の命を染めるということだ」と教えていただいた。
この冬も、これらの木の命を頂き家を暖めさせていただく。

2018年4月12日木曜日

水芭蕉

 多くのことがあって、この日記もしばらく書くことができなかった。
その間に結構な雪が降り、そして溶けた。

我が家と道路の間には小さな水の流れがある。
そこに水芭蕉が咲いた。

北海道では珍しくもない花かもしれないが、湘南地方出身者としては感激する。
「春が来れば思い出す」と小学校の頃から歌わさせられてきたのだ。

思いリュックを背負い、野の小道をゆかねばみられぬ花なのだ。
それが家の窓から見下ろせる。

写真は余分なものまで写り込んで、見事とはいいかねる。
「我がものと思えばかわいいその他諸々」というところか。